まりんのアトピー日記
軟膏治療の開始〜終焉
診察から数日後、高知から軟膏が届きました。
軟膏は3種類あって、

 一番弱いピンク色の薬

 真ん中の強さの茶色い薬(漢方でも入っているような独特の匂いがあり  ました)

 一番強い透明の薬

がありました。

指示された通りにまりんに使用すると、日ごとに痒みが減ってゆき、
硬く変色した皮膚が柔らかく変わっていきます。
ズルズルになった場所もどんどんよくなって、まるで魔法みたい。

まりんは赤ちゃんのかわいらしさが戻ってきて、機嫌よく遊ぶようになりました。

副作用のない安全な薬と聞いていたので、毎日朝晩塗り続けて
ぐんぐん良くなっていきました。
でも、もう塗らなくてもいいかなと思う頃になって
数日薬をやめると、また少しずつ湿疹が出てくるので、塗ったり塗らなかったりの繰り返し。
そんな中でも3種類ある薬のなかで、なるべく弱いものに変えていくようにはしていました。

薬を使ってから1年ほど経ったある日、
雑誌だか何か忘れましたが、まりんの使っている薬には実はステロイドが混入されているという事実を知りました。
大変ショックな出来事でした。

今までステロイドを使うのを怖がって、ギリギリのところで頑張って、
やっといい治療法が見つかって、未来が見えてきたと思っていたのに、
結局ステロイドだったなんて・・!!

でも、心のどこかでその先生を信用していたのだと思います。
その時に雑誌かなにかに載っていた病院のコメントで
「確かにステロイドは入っているが、ステロイドの副作用を減少させる
生薬が配合されており、長期に渡って使用しても副作用はでない」
とあったので、それを信用してしまいました。

今思えば何故嘘をついた薬を出していた先生に見切りをつけなかったのかと思います。しかもその事に関して、治療中の患者には(うちには)
何も連絡がありませんでした。

にもかかわらずそのまま治療を続けたのは、おそらくはやっと手に入れた平穏な日常からまた元のようなアトピーとの闘いで疲れ果てる生活に戻る事への恐怖が心理的に働いて、それが先生を信じたい気持ちにすりかわったのだと思います。

結局この軟膏は2年間使用しました。
その間は、身体も心もしばしの休息ができたのでした。
友達と遊び、家族で出かけ、小さい子どもがいる家庭の楽しさを感じていました。
ただし費用はかなりかかりました。
軟膏自体はそれほど高くないのですが、
健康食品がビックリするほどの値段です。
まりんは身体が小さいので大人の五分の一くらいで済んだのですが、
それでも、月に万単位はかかっていました。
大人の方は大変だなぁと思ったものです。

軟膏はほとんど毎日使用していましたが、最後の半年くらいは効果が減ってきて、やはりこの軟膏も効かなくなるんだ・・と感じた時にやめてしまいました。
そして、まりんの場合、不思議とリバウンドは全く起こりませんでした。ですから、私は「やっぱり、ステロイドの副作用を減らすという話は本当だったんだ」と納得していましたもの。
つい2〜3年ほど前に、リバウンドで苦しんでいる人が大勢いると知り残念に思いました。

きっとまりんはラッキーだったんだなぁ〜〜。



次の治療との出会い
1歳過ぎまでの間、民間療法を試しながらも改善する事のない症状に振り回されて来ました。
何かを試した時、始めは「あ、いいかも。」と思うのですが、
1ヶ月もしないうちに効き目はなくなります。
よく、3ヶ月は続けないと効果は現れないと言われていますが、
まりんの場合、12年間の中で試してきたもので、3ヶ月経ってから効果が現れたものは一つとしてなかったです。

この頃はまだ我が家にはパソコンはありませんでした。
ゆえに、情報収集は本が主で、あとは知り合いからの口コミや、自然食品ショップの人から聞いたことなどで、それらについての詳細を調べる術はありませんでした。

ある時、どうして知ったのか忘れてしまいましたが、
高知の病院でアトピーが劇的に良くなる薬を作り出したという話を知りました。
早速その先生の本を買い、主人にも読んでもらいました。
アトピーを悪くしているのは体の中の活性酸素で、それを取り除く健康食品を摂取しながら、特別な塗り薬で治していくという様な内容でした。
完治したという人の体験談も沢山載っていました。

私達は大変興味をもち、でも高知は遠いなぁ〜と思っていた所に、
今度私達が住んでいる県にも講演&診察に来ると知ったので、
これはいいチャンスと思って出かける事にしました。

当日の会場は大変混んでいました。
受付を済ませ、沢山の人がロビーで開演を待っていました。
アトピーで治療を受けようとしている人がほとんどでしたから、
こんなに沢山アトピーの人がいるんだ・・とびっくりし、
失礼ながら、その症状に目がいってしまいます。
大人の人がほとんどで、肌の色が黒ずんだ紫と赤が混ざったような状態で分厚く硬くなった症状の方が多かったと思います。
まりんのような幼児や、小学生以下の子どもは大変少なかったと記憶しています。

私はまりんが講演の途中で泣き出したりしないかが心配で、
その時には主人と私のどちらかがまりんを連れて廊下に出ようと決めていました。
でも珍しい事にまりんはほとんど眠っていて、私達は二人そろって講演のすべてを聴く事ができました。

講演内容は、読んだ本とほぼ同じ内容でしたが、
もうかなりのお歳の先生が、寝る間もおしんで夜中まで患者さんを診察し、自分はお金儲けのためでなく、アトピーで苦しんでいる人を救うのが使命と考えており、死ぬまで治療しつづける。という信念を話した時、主人も私も、立派な方だなぁ〜と感動していました。

2〜3時間ほどの講演が終わったあとで、診察が始まりました。
受付の順番だったので、遅かった私達は1時間以上待ったと思います。
それでも、一人の患者さんにかける時間は3分ほどでしたが。
院長先生ともう一人の先生と二手にわけて診察していましたが、
まりんは院長先生ではありませんでした。

体の全体の症状を見て、「ここには何番の薬、ここには何番」と
塗る薬の指示を出され、健康食品であるSOD様作用食品とルイボスエキス(顆粒)の量を指示されて、すべての薬類は、自宅に送られてくるという事でした。

診察はほんとうにあっけなく終わってしまいました。
まりんの今までの症状などを聞かれる事もなく、食べ物の注意等も何もないので、ちょっと肩透かしを食った感じでしたが、
あれだけ大勢いたら仕方ないのかな・・と思う事にしました。

帰路は主人と私で、今日の講演の内容について話しました。
お互いに先生を信頼し、来てよかったねという明るい会話でした。

それから薬が届くまでの数日間は、待ち遠しくてしかたありませんでした。




☆・・ちょっと休憩・・☆
ここまでは、まりんが1歳過ぎくらいまでのお話です。
ノイローゼ気味の時は、まりんに酷い事をしてしまったりと、
怖さを感じた方もいらっしゃるかと思います。
恥ずかしい出来事でしたが、
同じような体験をして悩んでいる方がいるかもしれないと思うと、
自分だけじゃないよ。必要以上に自分を責めなくてもいいよ。という気持ちで、書くことにしました。

この頃はステロイド拒否で、毎日の生活がアトピーとの闘いで
身も心も疲れ果てていました。
本当に、これでいいのか、
こんな事を何年続けたら本当によくなるのかしらと悩んだ時期でした。
でも、ステロイドの副作用の恐怖のほうが大きくて、意地でもステロイドを使わなかった私です。
でも、結局この後知らず知らずのうちにステロイドを使う事になってしまいますが・・。

今まで読んでくださった方、まとまりのない文章ですごく読むのに疲れたと思います。ありがとうございました。私も読んで疲れました^^;
あとから思い出した事をつけ足したり、これはこの時じゃなかったと
消したりしているので、わけが分からなくなってます。
また同じ文章が出てきたらごめんなさい。




寝る時の服装
まりんが寝る時は、普通のパジャマ姿では寝かせられません。
掻かない為の工夫があります。

まず、パジャマの上着はズボンの中へ。
その境目をテーピングテープでグルッと一周巻いて止めます。
手には白い綿の手袋をして、手首の部分をサージカルテープで巻いてはずれないようにします。
ズボンの裾はめくりあげないように、足首に近いところでテーピングテープで巻いて上に上がらないようにします。

これで準備完了。
テーピングテープとサージテープは薬局で売っていますが、
ものによって粘着力が弱くすぐはずれてしまったり、はがした後に衣類に粘着部のベタベタが残ったりするので、何種類か使って最終的に最適なものを選びました。
結構いい値段するので、かなり高くつきましたが・・(泣)

手袋をし始めたのは、私の睡眠不足が続いて、もう夜だけでも寝ないと
倒れると思った時に、かわいそうだけれどごめんね。と思いながら手袋を着けた時からでした。
その姿がかわいそうで、「ごめんね。ごめんね。」と思いながら眠ったのですが、意外なことにこれがよかったのです。
今までは夜中に何度も掻いて起きてしまい、再び寝付くまで時間がかかっていたのですが、手袋をしていると強く掻けないためにそのうち睡魔が勝って、眠ってしまうのです。まりん自身もよく寝れたようでした。

本当に、何が幸いするかわからないものだと思った出来事でした。
友人の一言
今後、日記に書きますが、まりんのアトピーが一時マシになった時期に、近所のお友達が
ポロッと言った言葉があります。
もう時効だろうという感じで「あの時はあんなに叱らなくてもいいのにって思ったよ」と。
あぁ、やっぱりそう思われていたんだなーと思いましたが、
「あの頃はまりんちゃんが掻いちゃダメって言われた時に、ママの事すごい目で見てたよ。」と言われた時にはドキッとしました。
毎日の事で、私はそれに気づいていなかったのです。
まりんのアトピーばかりに囚われていて、まりんの心の変化を落ち着いて観察する事を忘れていたのです。
その事を友人から聞かされた時、自分とまりんとの間の溝がふと頭に浮かんで、怖かったです。
暫くの間、その事は私の頭から離れませんでした。
両親との関係
まりんのアトピーは、主人と私にとっても、また、両方の両親にとっても気になって仕方のないものでした。

私はあれこれと本を読みあさった結果、とにかくステロイドは避けたいと思うようになり、民間療法ばかりに頼っていました。

私の実家の両親は、知人に聞いたり新聞の記事をみたりする度に情報をよせてくれましたし、里帰りで暫く滞在する時は、ドクダミ風呂、ビワエキス、ヨモギ風呂など良いと聞いたものはなんでも用意してくれました。超酸性水の機械も買ってくれたり・・。

特に父は私と同じタイプで、本を読む他にもいろいろなところから情報を集めてくるので、時々私の考えとぶつかって口論ぽくなってしまう事も多々ありました。

お互いに、自分で得た情報は信じるけれど、知識のない人から言われたことは鵜呑みにしないタイプなので、「チャンチャン」と話が終わる事はなく、暫く口論したあとでついに私が涙をためながら「私だって、まりんに一番いいと思うことを一生懸命やってるんだから・・」と言ってしまうと話はおしまい。両親が折れる形になっていました。

実家に帰ると私もまりんから少し離れられるので楽だったのですが、
必ず一回はこの手の話になるので、正直帰省したくないという気持ちもありました。

さて、主人の両親は車で2時間弱の所に住んでいたので、土日にはたまに泊まりに行っていました。
もちろんまりんのアトピーをかわいそうに思っていて、知人に聞いてみたりしていたようです。
たまに人から民間療法の話ををいて、教えてくれたりもしましたが、
私とは嫁姑(舅)の立場で遠慮もあるので、あまり強くは言ってきませんし、私もやわらかく受け答えをするだけで話は終わっていました。

この主人の両親に私が心からありがたいと思っているのは、
病院の先生にも見せず、民間療法ばかりやっている私に対して
まったく意見せずに、私のやりたいようにやらせてくれた事です。
普通なら「お医者さんに見せたら」と言われそうなものですし、
きっと本当は言いたかったのだと思うのですが、私に気を使って
言わずにいてくれたのだと思います。
そしていつも、「もうちょっとしたらよくなるわよ」とか
「抵抗力がつけばね」と、明るい未来を語ってくれました。
まりんをとてもかわいがっていましたから、本当はいろいろ言いたかったのかもしれませんが。

私は実家の両親となら喧嘩をし、それでも親子ですから仲良く元通りに戻れます。
でも、もし主人の両親から強く言われていたら、喧嘩する勇気はありませんから、その時はおとなしく聞いていて、後で悩んだり泣いたりしていただろうと思います。
そして、主人の両親を嫌いになってしまっていたでしょう。

そして、この後に書く療法に出会って、アトピーが一時落ち着いた時に「良くなってよかったねぇ。
これも、○○さん(私)が辛抱して強い薬を使ってなかったからよ。」
と言ってくれて、その言葉は本当に胸にジーンと来ました。

今まで私がやってきた事・・ステロイドを嫌がって民間療法ばかり試してきた。これは、今でも正しい選択だったのかどうか分からない。
まりんに辛い思いをさせてきただけだったのではないか?
もしかしたらステロイドを使って痒みを和らげてあげる事がまりんの為ではないのだろうか・・。
新しい治療がよく効いているのだって、ステロイドを使っていなかったからかどうかわからないし・・。
そんな風にいつも思っていた私ですが、それが正しかったかどうかは棚に上げて、今までの私の努力や苦しみや、何度も泣きながら頑張ってきた事を評価してくれた人がいる。それが、心から嬉しかったのです。

この感謝の気持ちは、いまだに伝えられずにいます。
なんだか照れくさいし、上手く伝えられる自信もないし・・。
でも、いつか必ずありったけの感謝のきもちを込めて伝えたい・・
そう思っています。



東京の医師
まりんが1歳4ヶ月の時、私の実家の父がいい病院を予約したからと言ってきました。
ある女優さんが息子さんのアトピーの治療で行ったときに、母の努力をねぎらってくれて涙が出た。と著書に書いていた病院の女医さんです。
せっかく父が探してくれたのだし、アレルギーの看板を掲げているので、一度専門医に診てもらうのもよいかも・・と思い出かけました。

結果は、私は女優さんと反対の意味で涙がでました。
忙しい先生の時間をまとまりのない話で使っては申し訳ないと思い、
今までの経過や、何をしてどんな結果だったかと言う事を表にまとめ、
使った民間療法の説明書を持って、準備万端で出かけました。
先生は私の話を聞いたあと、「それで、何か良くなったものはありますか?」と尋ねられました。「いえ・・」という私の返事に
「つまり、結果はよくなっていないんですよね」と言い、まりんの肌の状態をみて、「この子の体はほとんど正常な皮膚はありませんよ。これだけ出ているという事は、少しも改善されていないんです。今まで何をしてきたのですか?」と言いました。

「今まで何を」って、今さっき私は試してきた数々の民間療法の説明をしたのに、結果がよくないから何もしなかったのと同じ事だというの?
そういいたい気持ちでしたが、涙があふれてきて、何もいえませんでした。
女優さんが涙したという優しい思いやりを持った先生が放つ言葉とは思えませんでした。
それとも相手が女優さんだったから態度が違ったのでしょうか・・。
何もいえないでいる私に、「大丈夫ですよ。私のいう事をきちんとしていればよくなります」と言いましたが、私はもう先生への信頼は失っていました。
父には悪かったのですが、その病院はそれっきりです。

医師から見れば、私は民間療法に踊らされたバカな親とうつるのでしょう。
でも、どこの病院に行ってもステロイドを処方され、
ちまたではステロイドの恐ろしさを伝える内容の本や噂が流れていては
病院に行くのが不安になるのは、当然ではないかと思います。
誰だって安全に治りたいと思っています。
お医者さんが自分に使いもしていない薬を「上手に使えば安全だから」と言って何本ものチューブをくれるのを、どうして信じられるでしょう。
もし、「先生の指示通りに使って、副作用が出た時は責任をとってもらえるんですか?」と言ったら、その医師はどう答えるのでしょう?
もちろん、どんな責任をとってもらっても(どうせお金でしょうが)
まりんのアトピーが治るわけでもないのですから、そんな危険な事は
できませんが・・。

余談ですが、最近はひどい事件が続いていて、何も悪くない人が殺されるニュースが流れるたびに、憤りを感じていました。
ある日、そんなニュースを見た娘との話しの中で、
「ほんとうに酷い事をした人の罰に、『病気の刑』っていうのがあったらいいね。」と思いつきました。
病気で苦しんでいる人の病気を、刑罰としてそっくり移す事が出来る刑です。罪の重さで、『癌の刑』とか『アトピーの刑』とか、その他もろもろ・・。
もちろん、改心した人は治るという事で、、。
病気の人は助かるし、人の苦しみが分かれば、きっと犯罪が減ると思います。
そんな話をしながらまりんは「じゃあ、私は後ろのほうだろうから順番回ってこないだろうなぁ〜」って。
う〜ん、病気の人が順番争いしそうだから、やっぱ問題ありかな・・。



マイナス思考
まりんのアトピーが酷くて、毎日泣いて、毎日怒って、今日も昨日も
一週間前も毎日同じ事しかしていなかった頃、私はまりんと一緒に死ぬ事も考えていました。
また、もっと他の病気だったらよかったとか、いっそ入院するような病気のほうが楽だったとか、もし今まりんが何かの原因で死んでしまったとしても、悲しいけれど少しホッとするんだろうな・・と思う事もありました。
いっそステロイドを使って楽になって、効かなくなって副作用が出たらまりんと一緒に死んだらいい。そうしたら、少しの間だけでも、
親子で楽しく笑いあって幸せな時間が持てるんだ。とも考えました。
とにかく、楽になりたい。もう、これ以上頑張るのは無理という所まできていて、マイナス思考から抜け出れませんでした。
今は地獄で、それもいつ抜けれるかわからない果てしのない地獄で、
ここから逃れるのは死ぬ事しかないような気がしていました。
今こうして生きているのは、その時死ぬ勇気がなかっただけなのです。

まりんを産む前、一人っ子はかわいそうだから二人は産もうと決めていましたが、まりんのアトピーですっかり疲れてしまい、こんな状態でもう一人育てるなんて考えられず、もし二人目もアトピーだったらと考えると、一人だけでいい、こんな思いはもう沢山!と思うようになりました。そして今も一人っ子です。


ノイローゼ気味
何で自分ばっかり・・と思ってしまう。
周りにはアトピーの子は見当たらないのに、なんでまりんだけ・・。
そんな気持ちが強くなってきます。

友達の家に遊びに行っても、まりんはすぐに掻き始めるので、
ほとんど膝の上に抱いてさすっているばかり。
特に太ももと足首は掻きすぎて紫色に硬くなっていて、
多少掻いても血も出ない、まさにゾウの足状態。

ベビーカーにも乗せられなくなりました。
掻き始めたら、止めようがないのです。
1〜2分でも自由に掻かせてしまえば、そこは血だらけになり、それでもなお血みどろの手で掻き続けるのです。
もちろん、車を使っての移動も出来なくなりました。
チャイルドシートに乗せて運転する事は、まりんに「どうぞ、ご自由にお掻き下さい」と言っているようなものでした。
運転にも集中できなくなるし、危険極まりないです。

ですから外出はもっぱら歩きと抱っこになりました。痒くなったら抱っこして、片手でさすってあげられるし、まりんの手を押さえれるのです。
外出先で、そんな事情を知らない人からは「ちっちゃいのに歩いてえらいわね〜」なんて褒められたりしていました。

家にいる時は、痒くて掻くばかりで遊ぶ事はないので、おもちゃは片付けられたまま、全く使われていませんでした。

まりんが座り込んで必死の形相で太ももを掻いているのを見ると、
《かわいそう》と思うより先にイライラを強く感じてしまいました。
食器を洗っている時などは、キッチンから鬼のような声で「まりん!」と怒鳴ります。すると一瞬ひるんでまりんの掻く手が止まるのです。

でも、それもいつまでも効きません。
さらに強く掻くまりんを見ると、「掻くなって言ってるでしょー!」と怒鳴りながらまりんの所へ行き、「どこが痒いの!ここ!?これなら痒くないでしょ!」と言いながら思いっきり太ももをつねっていました。
幼児虐待ですよね・・。

でもその頃の私にはアトピーの痒みもわからず、「何で掻くのよー!」と言う思いだけが大きく膨れてしまっていました。
【何で掻くのか】・・わかり切っている事なんですけどね。
アトピーの体験本などを読んで「壮絶な痒み」「痛いほうがマシ」
と知っているし、それを1歳くらいの子どもが我慢できるわけないです。 冷静に考えればわかる事なのに、私はそう考えるゆとりもなくしていました。

この時の事は今でも強く心に残っていて、大きくなったまりんの寝ている姿を見ていると、フッと思い出されてきて、「あの時はごめんね」と涙が出てきてしまうのです。
出来るなら、あの時に戻って優しく接してあげたい・・と。
そして、1歳くらいの子どもと楽しそうに遊んでいる親子を見かけると、私とまりんにはあんな時期はなかったなぁ・・と思ってしまいます。
この事はきっと、私の中で一生癒される事はないと思います。

1歳過ぎてから・・
少ししゃべれるようになると、夜中も「ここ、ここ」と言って
痒くてさすってもらいたい場所を指定するようになりました。
でも、あっちもこっちも次々に言われるし、私の2本の手では間に合わなくなると、怒って大泣きされます。
こちらも半分寝ぼけながらなので、力も今ひとつ物足りないみたいなのが不満みたいです。
だいたい3〜4回くらいは痒くて泣いて起きてしまいます。
一度起きると30分〜1時間くらいはさする事になるのですが、
ちょっと寝ては起こされるので、私の睡眠は2〜3時間くらいだったと思います。

この頃から昼間もとても痒がり、掻きむしるようになりました。
何とか気をそらし、掻くのを忘れさせようと、全力で相手をするので、
ヘトヘトに疲れます。
昼間はまりんの相手をするだけで、家事は何も出来ないので、
洗濯は主人が帰って来てまりんの相手をバトンタッチしてからですし、翌日のまりんのご飯の用意は、まりんと主人が寝たあと夜中の1時くらいに済ませていました。
その合間にもまりんが痒がって起きてしまうと、さする為に中断されます。

身も心も疲れてしまい、昼間は泣いてばかりで、主人が帰っても機嫌よく出来なくて、主人も嫌だったと思います。
でも、本当に精一杯だったんです・・。
まりん1歳前後
生後半年が過ぎてもアトピーは一向に改善する様子はありませんでした。
顔はズルズル、耳のしたはいつも切れていて痛そうです。
足首も三本くらいの深い切れ目があって、血はでないのですが、いつも黄色い汁がにじんでいました。
体のほとんどが赤みを帯びて細かい湿疹があり、全身の中でふくらはぎの一部分だけに健康な皮膚が残っており、そこを眺めては、
この綺麗な部分がどんどん広がっていきますように・・と祈る毎日でした。
この頃は自分で掻いてしまって悪くなる事が多くなりました。
昼間はたえず目を離さないようにして、まりんが掻き出すと気をそらせようとして遊びました。
日中はそんな事でほとんどの時間が費やされ、最低限の家事をこなすのが精一杯。週の半分くらいは主人の夕飯が作れない日々でした。
夜は夜で、寝付くまでが大変。
痒くてしかたないので、眠るまでずっとあちこちをさすります。
やっと眠ったと思ったら、2〜3時間ですぐに起きて、またさする事の繰り返し・・。
3時間おきの授乳がずっと続いているような毎日でした。
ボリボリと掻く音が聞こえると、飛び起きて掻く手を離してさすっていました。

ある日、お昼寝をしているまりんの横で、うとうとしてしまいました。
ハッと気づくと、私の足元のほうからバリバリという音が聞こえてきます。「しまった!」と思って飛び起きてまりんを見ると、
座り込んですごい形相で両手で両足首を掻いています。
その足首、手、ふとんは血で真っ赤になっています。
あまりに血だらけで、足首がどうなっているのかもわからないまま
「きゃー!まりん!」と叫び、その声にびっくりして我に返って泣き出すまりんを抱えて、洗面所で手足を洗いました。
落ち着いてみてみると、足首を500円玉2個分くらいの範囲をすっかり
ほってしまっています。
横から見ると0.5mmくらいの段差がきれいに出来てしまっていました。
水で流すと血と透明の汁がみるみるうちににじんできます。
コンクリートで転んでズルむけになった状態の、もっと酷い感じ。
これと同じ事は、もう一度起こりました。
その時は主人が添い寝していた時でしたが・・。
まりん0歳〜6ヶ月
まりんは初産にもかかわらず、予定日どおりに安産で産まれてきました。

女の子なのに、色黒で泣き声がとても大きかったのを覚えています。
授乳が上手くいかず、初めてお乳を飲んでくれたのは3日後でした。
初乳には大事な免疫が含まれていると習っていたので、
その時期をミルクで過ごしてしまったのは大変悔やまれました。
その後は、なんのトラブルもなく、毎日飲んで、寝て、泣いての繰り返しでした。

2ヶ月ほどして、顔にポツポツと赤い湿疹が出来てきましたが
その時は乳児湿疹と思っていて、大して気にもしませんでした。
私も主人も家族にアトピーの人はいませんでしたから、アトピーかもという考えさえ浮かびませんでした。

しかし、その湿疹が治る事はなく、どんどん広がって、胸やお腹のあたりにも出るようになってきました。
顔はひっかき傷だらけで、足首は1mmくらいの深さの横筋が三本くらい入って割れて黄色い汁が出ていました。
6ヶ月の頃には、ほっぺたと口の周りと顎の部分から黄色い汁が出てきて、ズルズルしているか、汁がパリパリに固まっているか、どちらかの
状態でした。
お風呂に入ったあとだけは一瞬綺麗になって「かわいい!」と思うのですが、すぐに汁が出てきて戻ってしまいます。
このころは痒みもあったので、よく顔を掻いたり擦りつけたりしていました。
この頃には、たぶんアトピーだろうと思うようになりました。

病院に行って、ステロイドを処方されてみるみる綺麗になった時にすごいな〜って思ったのですが、そのあとアトピーについて調べた時に、
ステロイドの副作用の怖さを知って、ステロイドを使うのはやめようと決めてしまいました。
それは同時にとても辛い毎日を過ごさなければならない選択だったのです。

抱っこをする時まりんに刺激がないように、まりんの顔の汁がついて汚れてもすぐに洗えるように、洋服はすべて刺激の少ない綿100%のものになりました。なるべく汁が着かないように、前向きに抱っこするようになりました。

私はこの頃、まりんの顔が綺麗でない事が恥ずかしくなり、外出するのが嫌になりました。
まりんを連れて買い物に出かけるのも嫌になりました。
チラチラと見て行く人や、「あらアトピー?かわいそうねぇ」という言葉にとても敏感になっていました。

近所のお友達が、公園にお散歩に行こうと誘ってくれても、一緒に遊んでいる子達はみんなツルツルの肌です。
笑って一緒にお話しをしながらも、親が見ても可愛いとは言えない
まりんの姿を見て心の中では「なぜ、まりんだけアトピーなんだろう。」と考えてしまい、家に帰ると、とても落ち込んでしまうのです。

そんな様子でしたから、写真もビデオも撮る気がしませんでした。
服装もなるべく掻かないようにするため、スカートははけませんでした。服をめくって掻いてしまわないように、
上着はズボンの中に入れ、かっこ悪かったです。
とうてい、女の子らしいかわいい洋服を着せる事は出来ませんでした。

夜寝付く前は、私と主人でまりんを挟む形で布団をひきます。
そして、掻かないように両側からまりんの手を握っていました。
まりんは痒くてもかけないので、暫く泣いていますが、そのうち眠気が勝って寝てしまいました。
その時は、必死でしていた事ですが、今思うととてもかわいそうな事をしたと、思い返すと涙が出てきます・・。

まりんのアトピーが少しでも良くなるように、洗濯・掃除・お布団干しは念入りにしなければなりません。まりんが痒くなく機嫌よく遊んでいる隙に家事をして、まりんが眠っている時が私も休憩時間となりました。

私が外へ出たくなくなっていた時でも、
主人は休みの日にはまりんを連れて公園に出てくれました。
私が一緒に行かなくても気にしない人なので、
まりんと二人で出かけてくれる時間は、私が一人になれる貴重な時間でした。
この時だけは何も考えずにボーっとしていられました。

はじめに
私の娘のまりんは、現在中学一年生。
生後2ヶ月から今現在もアトピーです。

最近になって、アトピー日記を書いてみようかと思い立ちました。
沢山の体験や思い出があります。
鮮明に思い出せる事もあれば、忘れている事もあるかもしれません。
でも、思い出せる限りを綴ってみようと思います。
本当は胸の奥にしまっておきたい事も沢山あります。
でも、もしお子さんがアトピーで苦しんでいるお母さんがいて
私の体験を読んで「私だけじゃないんだ」と
少しでも勇気が出てくれたら・・。
そう思っています。

辛さの真っ只中にいると、なかなか冷静にはなれませんが、
状況は変化するし、なんとか生きていけるものです。
また、子どもが成長するにつれ、アトピー以外の事でも
いろんな悩みが出てきます。
親も強くならなくてはいけない事が沢山おきてきます。
そんないろいろな経験も交えながら、更新していきたいと思います。

それと、今お年頃くらいでアトピーで悩んでいる方も多いと思いますが、親が理解してくれないという事で、辛い思いをしている方もいると思います。
でも、ちょっとだけ・・親が子どもを思う気持ちを知ってもらえたらな・・と思います。


思い出すままに書いていくので、大変読みにくくなってしまうと思いますが、勘弁してくださいね・・ブログ初挑戦です。

まりんのアトピー治療は簡単に言うと、
ステロイド拒否 → ステロイドでコントロール → やっぱり脱ステ
→ 結局ステロイド → 今現在の治療
って感じですかね・・長いお付き合いです。